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  上映報告
  紹介記事



商品名:
ヒポクラテスと蓮の花
メディア:
DVD
税込
価格:
9,800円
セール
販売価格:
9,500円
JAN:4573188690043
商品
番号:
D0011


数量:


「ヒポクラテスと蓮の花」と「三聖病院 宇佐療法という宇宙」を同時購入の場合の割引セット商品です。
商品名:
ヒポ+三聖 お買い得セット
メディア:
DVD
税込
価格:
17,500円
セール
販売価格:
17,000円
JAN:73188690067
商品
番号:
D0013


数量:



禅の影響を強く受けた神経科病院 “三聖病院”。対人恐怖に悩む青年の入院から退院、1年後を追ったドキュメンタリー。

 対人恐怖に悩む青年の心の旅
 ある春の日、対人恐怖(神経症)に悩む青年が、京都、東福寺の境内にある“三聖病院”に入院します。1922年に創立された“三聖病院”は、森田療法の入院施設ですが、創始者が禅僧であったため、禅の影響を強く受けていると言われています。入院患者は“修養生”と呼ばれ、修行僧のような私語の禁止された規律正しい生活の中に置かれます。青年は最初、そんな禅寺のような生活に戸惑い、治療に対して疑問と葛藤を抱きます。しかし院長である宇佐医師は、「自分の心を言葉にするから神経症になる。概念化しないこと、無になること、悟りに到達することが治癒。自分を隠した建前の生活が大切」と、一貫して主張します。そして院内には「しゃべる人は治りません」という張り紙があちらこちらに張られています。そんな治療環境の中で、青年は次第に宇佐院長の考えに影響されていきます。果たしてこれは医学なのか? それとも宗教なのか? 神経症の治癒と宗教の悟りはイコールなのか? ドキュメンタリー映画「ヒポクラテスと蓮の花」は、治癒を求める青年を主人公に、三聖病院への入院から退院、そして退院1年後まで、彼の心の旅を追います。

 医学と宗教の交差点で、日本人のメンタリティを問う
 80年以上の歴史を持つ三聖病院は、森田療法の入院施設の一つです。森田療法とは、1920年代に精神科医 森田正馬が創始した神経症に対する精神療法です。西洋の精神療法は、不安や葛藤といった神経症の症状を取り去ることを目的とします。しかし森田療法では、取り去ろうとしていた症状は人間本来の自然な不安や葛藤であり、取り去れないものとし、症状を取り去ろうとしていたエネルギーを実際の生活に向けさせようとします。もちろん森田療法は禅から生まれた精神療法ではありません。三聖病院の「自分の心を言葉にすることが神経症の原因」という、その病理解釈からして、従来の森田療法や他の精神療法とも異なる、三聖病院独自のものと言えます。では三聖病院で行われている、禅の作法を取り込んだ森田療法とは、果たしてどのようなものなのか? 実は三聖病院における治療の実態は、精神医療業界でもあまり知られておらず、入院を経験した患者さんたちが、その入院体験を熱心に語るのみでした。ドキュメンタリー映画「ヒポクラテスと蓮の花」は、そんな治療空間に初めてカメラが入った貴重な記録と言えます。また、森田療法と禅という いかにも日本的な様式と方法、その根底に横たわる日本人のメンタリティを問う作品でもあります。

出演:宇佐晋一 他
企画・製作:日本精神療法振興会
医学監修:丸山 晋(医学博士)
撮影:田山 滋
音楽:Fylue Deau
監督:野中 剛
制作:(有)ランドスケープ
DVD / カラー / ステレオ / 142分 / 2009年度作品



上映報告

 


第11回内観国際学会(ドイツ)

2016年9月17日、ドイツ・バイエルン州・バーバリアン・フォレストで開催された、第11回内観国際学会にて上映されました。
 上映の翌日、映画の内容に基づき、自然療法師シュピース氏により、「言わぬが花 内観および心理療法における沈黙」という発表が行われました。

 氏の発表は、「沈黙」という態度が西洋社会から失われ、人間が自然を含めたすべてをコントロールできると過信する、西洋文明への大きな疑問を投げかけることから始まります。

 そしてメンタルヘルスの分野では、人間の心理や心の問題も、様々な診断名で安易にラベル化され、コントロール化されてしまうことを問題視します。

 そんな中氏は、「ヒポクラテスと蓮の花」に登場するウィリアム・ジェイムスの概念「純粋体験」と、宇佐氏の言葉「自分を概念化しないこと」を取り上げ、それを氏の言葉(態度)「沈黙」に内包させようと試みます。

←写真:スピーチするシュピース氏


 西洋の方がこのようなことを考えていることを、大変興味深く感じますし、私たち日本人にとっては、自国の文化や精神性を再考するよいきっかけになるのではないかと思います。

 弊社作品を通して、こうした議論が国際的に活発になされることはとても喜ばしいことです。今後、西と東の様々な場所で、様々な議論がなされることを祈ります。
 シュピースさん、お疲れ様でした。ありがとうございました。



森田療法ワークショップ(ハインリヒ・ハイネ大学 / ドイツ)


 
2016年8月27日。ハインリヒ・ハイネ大学・実験生物学的心理学インスティチュート(デュッセルドルフ / ドイツ)。
 現地の心理学者、臨床心理療法家に向けて開催された「森田療法ワークショップ」において、弊社ドキュメンタリー作品「ヒポクラテスと蓮の花」が上映されました。

 夏休みの終わりの時期だったせいか、参加人数は19人ほどでしたが、参加者は、明らかに映画に魅了されたようでした。

 上映後には議論が行われ、以下の2点を中心に議論されました。

1)カメラでの捉え方、作品構成など、美的感覚のある作品。作品それ自体が芸術作品である。
2)症状を除去しないということに焦点を置かず、むしろ症状を除去しようとすることを症状とする療法に、
 不思議な感じを憶えた。これは治療者にとっては予想外であった。

 さらに議論は、宇佐療法に内在する治療技法に関する話に集中しました。
 多くの人が、映画で伝えられた宇佐療法の中に、催眠療法、教育療法、認知行動療法の要素を見出し、
 また、ACT(Acceptance and Commitment Therapy)(*1)との比較が論議されました。

 後日、女性の参加者から、こんな意見が寄せられました。
 『最初のリアクションは、苛立ちと純粋な拒否でした。これは治療ではない!
 しかし一晩すると、この療法のある一面が、患者を健康へと促すのではないかと感じ始めました。患者の心にある深い信頼感。その要素に私は感銘を受けたのです。
 それは、アントノフスキー(*2)の 「健康生成論」(*3)の概念を想起させます』

 他の参加者はこう述べています。
 『興味深いワークショップにお招きいただき、どうもありがとうございました。
特に、映画「ヒポクラテスと蓮の花」は、私たちの文化的地平の向こう側の精神療法、その態度と方法を見ることを可能にしてくれました』

 9月には、ドイツで行われた内観学会でも上映されましたが、同じドイツでも上映される会によって、ディスカッションされる内容が違うことが大変興味深いですね。

 ワークショップを主催されたWalter Dmoch博士は、弓道を愛する親日家。
 彼の目から見る日本文化も、私たちにとって、とても興味深いものでしょう。
 Walter Dmoch博士、お疲れ様でした。ありがとうございました。


脚註
1) ACT (Acceptance and Commitment Therapy):
 新しい認知行動療法とも呼ばれる米国の心理療法。
 クライアントが、自分の症状を排除しよう、治そうとするのでなく、それを丸ごと受け容れるということなどが、森田療法に近似していると指摘されている。

2) アントノフスキー:
 アーロン・アントノフスキー / Aaron Antonovsky(1960〜1994)
 ユダヤ系アメリカ人の健康社会学者

3) 健康生成論:
 健康社会学者アーロン・アントノフスキーが提唱した理論。
 従来の医学の方法、病気の原因となるリスク(喫煙、飲酒、肥満など)を解明しそれを取り除くという考え方とは逆に、健康になるための要因(運動、良好な人間関係など)を解明し、それを強化するという立場を取る。





フランス精神医学 国際学会 Psy Cause congres de Kyoto


2014年10月19日、京都で開催された、フランス精神医学の国際学会"Psy Cause congres de Kyoto"にて上映されました。

 Psy Cause は、フランスで、ラカン派精神分析に関心のある精神科医を中心にできた研究組織です。南仏アヴィニョンの精神病院に本部があり、この病院は、カミーユ・クローデルの入院した病院としても知られています。学術的色彩の強い大学精神医学ではなく、精神医療に密着し、精神医療に関わる文化背景の違う人達が交流する組織です。
 小規模の研究会に加え、機関紙も年2回発行され、年に1回、開催国をを変えて、国際学会を開催しています。その国際学会が、今年は10月19日、20日、21日に京都で開催され、「ヒポクラテスと蓮の花」が上映され、上映後に監督(野中)との質疑応答がなされました。
 学会参加者のほとんどは、フランスを中心とした外国からの方々でしたが、皆さんとても熱心に映画を鑑賞くださいました。
 質疑応答とその後の歓談を通しての観客の方々の感想は、例えば、
「西洋の精神療法では、いかに心の葛藤やその原因を言語化、意識化していくかということにフォーカスが当てられる。しかし森田療法の場合は、それらをいかに不問に付すか、ということにフォーカスが当てられる」
 と、その大きな違いに驚いているようでした。
 しかし映画の最後、主人公が過去の自分を振り返り大きく笑う姿を見て、
「治癒とは、自分を客観視できるようになること。それはヨーロッパも日本も同じなのだろう」
 と、発言する方もいらっしゃいました。
 文化的差異の比較の中で、日本の文化と精神療法を見つめ直すことのできた、有意義な学会でした。関係者の皆様にお礼申し上げます。

 

デュッセルドルフ自然療法士養成学校(ドイツ)

 11月21日(金)、デュッセルドルフ自然療法士養成学校(ドイツ)にて、
「ヒポクラテスと蓮の花・ドイツ語字幕版」の試写会が開催されました。
関係者の方から、ご丁寧な報告をいただきましたので、紹介させていただきます。

 ドイツでは、クライアント(患者さん)の自己治癒力を高めて、身体や精神の病や障害を治癒させる自然療法という治療カテゴリーがあり、それを実施する自然療法士という治療者の方々がいます。日本で治療者と言えば、医師が中心となってしまいますが、ドイツではこの自然療法が国からも認められており、治療の選択肢の一つとして市民権を得ています。


 デュッセルドルフ自然療法士養成学校・校長、シュピース氏は、かねてから弊社作品「ヒポクラテスと蓮の花」を評価してくださり、ドイツ語字幕版の制作とドイツでのDVD販売を熱心に提案してくださっていました。

 先月、ドイツ語字幕版の制作が終了し、そのお披露目として、自然療法士養成学校にて試写会が行われました。
 メールでご送付いただいた試写会の報告は以下の文章で締めくくられ、添えられた写真からも、とても暖かい雰囲気の中で上映が行われたことが伝わってきます。

『上映会場は満員。皆さん、非常に興味深く視聴していました。
(上映後の)ディスカッションは、シュピース氏の司会で進められたのですが、ヨーロッパの精神科治療の問題点と、それと対照的な森田療法の「あるがまま」が指摘され、参加者にとって、映画のいくつかのシーンの意味が、またよりいっそう理解されたようでした。お蔭様で上映会は大成功だったといえます』

 以前、ポーランドで仕事をしていた際、ポーランドの俳優の方から
「西洋と東洋には、目に見えない透明な壁がある」
と指摘されたことがあります。言い得て妙だと思います。
 中でも森田療法は、西洋の精神療法の文脈から見ると、なかなか理解されにくいことが かねてから指摘されています。例え理解したとしても、「禅」という絶対的価値観に傾倒した解釈が、西洋の方には多いような印象があります。
 これこそが価値だということを排し、日々の生活や事象、自然や人との関係、そんな折々の関係の中に、“まことの花”を見出していくのが、日本的世界観の特徴であるように思います。
 そんな中で今回、ドイツの方々が、自然療法という観点で「ヒポクラテスと蓮の花」を解釈し、評価してくださったことを、とても興味深く、そして嬉しく思っています。

 ドイツは、ゲーテやヘッセを生んだ国です。森田療法の中にある東洋的世界観を感受する感性がないわけがない、と、かねてから思っておりました。
 今後ドイツで、より多くの方々に、「ヒポクラテスと蓮の花」鑑賞のチャンスが広がればと願っています。

 字幕のドイツ語訳という大変な作業と、ドイツでのDVD販売のレールをひいてくださったシュピース様の熱意と努力。また、細やかな配慮で間に立ってくださっているフックス様のまっすぐな誠実さ。お二人がいなければ、今回のプロジェクトは実現しなかったことでしょう。重ねてお礼申し上げます。
       野中 剛


 
紹介記事

 

京都森田療法研究所・ブログ

 京都森田療法研究所のブログ(2016/07/08 アタラクシー、瞑想、禅、そして森田療法その2)で、「ヒポクラテスと蓮の花」が紹介されました。

 主宰者・岡本重慶氏(精神科医、元仏教大学教授)とフランス(アルザス地域)在住のNyl Erb女史(精神分析家)との往復書簡について記事です。
 京都森田療法研究所は、日本独自の精神療法「森田療法」の叡智の研究や 仏教、禅、東洋の思想哲学、教育、福祉などの側面から再考を試みる組織です。
 Nly Erb女史は、フランス、アルザス地域で活躍する精神分析家。また詩人でもあります。日本文化に強い関心を持ち、特に森田療法に関しては、西洋の精神分析と比較しながら、しなやかな知性で解析を試み、自分のものとして吸収されようとしています。
 記事のタイトルに使われている言葉、アタラクシーとは、

  アタラクシー〔ataraxie(仏)、ataraxia(英)〕
 古代ギリシアのエピクロス派が用いた言葉で、語源からは、何ものにも邪魔されない状態のことであり、外界から煩わされない精神の平静、安定を指した用語である。エピクロス派はこのような状態に快楽があるとし、それを理想の境地として追求した。

 だそうです。
 ブログで紹介される往復書簡では、仏教や悟りに関して、岡本氏とNyl女史の間で思考のキャッチ・ボールが繰り返されます。
 異文化について意見を交わし合うお二人のやりとりが、面白く読み取れます。
 異文化理解、異宗教理解の問題は、現在の世界情勢にも大きく関係している問題だと思います。
 銃や爆薬を手に取るのを止め、お二人のような知の交流が活発に交わされる世界になればと願います。

「ヒポクラテスと蓮の花」が紹介されているのは、2016/07/08のブログの一部分です。前後のブログにも話題がまたがっていますので、以下に紹介します。クリックでジャンプします。

2016/06/12
「アタラクシーと精神分析」― Nyl ERB, Muriel Falk VAIRANT 著の論文について ―


2016/06/23
アタラクシー、瞑想、禅、そして森田療法(その1) ― Nyl ERB 女史らの論文紹介後に著者と交わした討論―

2016/07/08(「ヒポクラテスと蓮の花」紹介記事)
アタラクシー、瞑想、禅、そして森田療法(その2)―フランス人におけるアタラクシーへの親和性と仏教の受容について―


↓「ヒポクラテスと蓮の花」紹介部分。クリックで別画面表示、拡大表示できます。

 


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